里山に迫る危機

絶滅のおそれがある昆虫類・淡水魚類・両生類の約7割は、里地里山などの二次的自然に生息していると推定されています。手つかずの自然ではなく、田んぼや水路、ため池、雑木林といった農村の風景。人の手で維持されてきたこの環境が今、担い手の高齢化とともに失われつつあります。

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里山とは

田んぼ、水路、ため池、雑木林。日本の農村に広がるこうした景観は「里山」と呼ばれています。原生林のように人を寄せつけない自然ではなく、人が農業を営むなかで長い時間をかけて作り上げてきた自然環境です。

人の手が入った環境を「自然」と呼べるのか。生態学ではこれを「二次的自然」と呼びます。自然には「遷移」という性質があり、放っておけばどんな場所もゆっくりと森林へ向かいます。水辺には土砂がたまって陸地になり、草が生え、やがて木が茂る。里山は人が手を入れ続けることでこの遷移をとどめ、草原や浅い水辺といった多様な環境を保ってきました。

遷移の途中段階にある環境には、そこでしか暮らせないいきものがいます。草原を好む蝶は、管理が止まって林に変わると姿を消す。里山は農業の場であると同時に、希少種にとってかけがえのない生息環境でもあります。環境省は里地里山を「国民共有の財産」と位置づけており、その保全は国レベルの課題です。

いきものの宝庫としての里山

里山にはどれほどのいきものが暮らしているのでしょうか。環境省の調査によると、絶滅危惧種が集中して生息する地域の約5割は里地里山です。国土面積の約4割にあたる里地里山が、面積の割合以上に多くの絶滅危惧種を支えていることになります。原生的な自然よりもむしろ里山に希少種が集まるのは、遷移の途中段階にある多様な環境が人の手によって維持されているからです。

もうひとつの鍵は、環境どうしのつながりにあります。田んぼや水路、ため池はそれぞれ独立しているのではなく、水でつながったひとつのネットワークです。ドジョウを例にとると、春に水路から田んぼへ遡上して産卵し、秋の落水とともに水路へ戻る。ひとつの種が生きていくためにも、複数の環境が連なっている必要があるのです。

里山に迫る3つの危機

こうした水辺の豊かさが今、急速に失われようとしています。環境省のレッドリストによれば、里山を生息地とする絶滅危惧種は過去30年間で約11倍に増加しました。背景には、大きく3つの要因があります。

管理する人がいなくなっている

里山は人の手が入ることで成り立つ環境です。担い手がいなくなれば、水路は土砂で詰まり、ため池は藪に覆われ、いきものの居場所は消えていきます。

危機は目前に迫っています。農業従事者の平均年齢は69歳、70歳以上が6割を占めている現状です。この世代が引退すれば、田んぼや水路を管理する人は一気に減ります。田んぼが使われなくなれば、それに連なる水路やため池も放置される。里山の水辺は、人の営みとともに失われていくのです。

農法の変化

戦後の農業の近代化は、コメの生産性を大きく向上させました。一方で、水辺のいきものにとっては厳しい変化でもあります。

たとえば水路。かつて土でできていた水路がコンクリートに置き換わると、壁面がつるつるになり、小さないきものが登ったり隠れたりできなくなります。底にも泥がたまらないので、水生昆虫が巣を作る場所も失われます。冬に田んぼの水を完全に抜く管理も、水辺で越冬するいきものには深刻な打撃です。

こうした変化はいずれも、農業を続けるうえで合理的な判断の結果です。だからこそ、効率的な農業と生物多様性の保全をどう両立させるかが、各地で問われています。

外来種の影響

もともと日本にいなかったウシガエルやアメリカザリガニ、ブラックバスといった外来種が、各地の水辺に定着しています。旺盛な食欲で在来のいきものを捕食し、ため池や水路の生態系を壊滅的に変えてしまった地域も少なくありません。

外来種は在来のいきものの生息場所も奪います。アメリカザリガニは水草を刈り取り、水底を掘り返すことで、水辺の環境そのものを作り変えてしまいます。水草がなくなれば、そこを産卵場所や隠れ家にしていたいきものたちも暮らせなくなる。外来種の影響は、食べられるという直接的な被害にとどまらないのです。

福島の中山間地域に残る水辺

全国的に里山環境の劣化が進むなかで、福島の中山間地域には、外来種や農薬の影響が少ない良好な水辺がまだ残されています。残っている今だからこそ、守る取り組みに意味があります。失われてからでは、取り戻すことは容易ではありません。

里山の維持管理を通じて、この水辺環境を未来へつないでいくこと。それが私たちの活動の原点です。具体的な取り組みについては、活動内容のページをご覧ください。

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